南仏、音楽つれづれ日記

南仏での生活、音楽、旅行などのんびりと記していきます

Bon voyage

ブログというのはもともと自分のことを書くものですが、今日は特に個人的な回想として書き留めたいと思います。

 

つい先日、11月5日、大学時代にお世話になった山口博史先生が永眠されました。

  

山口博史先生のプロフィール
立教大学卒業。1971年より島岡譲氏に和声、フーガを師事。1973-80年パリ国立高等音楽院に留学。1975年和声首席1等賞、1976年対位法首席1等賞(ノエル・ギャロン賞)、1977年フーガ1等賞。シャラン、アンリ、ビッチ、カステレード、コンスタンの各氏に師事。1980年より国立音楽大学作曲科で教鞭をとる。2015年3月まで同大教授。1981年より東京藝術大学音楽学部ソルフェージュ科講師。

 

私は大学にて山口先生に和声、ソルフェージュ、そしてアナリーゼを教えていただきました。

先生の和声の授業では島岡和声はもちろんのこと、アンリ・シャランのフランス式和声の課題も取り入れて下さり、その美しさにいたく感動したのを今でも色鮮やかに覚えています。和声課題をどれだけたくさん提出したとしても、必ず丁寧に添削してくれました。時に、書いてある文字が読めなくて、ここは何て書いてあるんでしょうか?と聞きにいったら、「電車の中で座りながら書いたから汚くなっちゃったよ。ごめんねぇ。」と照れながらおっしゃっていたのを覚えています。夏休みにはクラスの学生を中心に河口湖で和声合宿も催して下さいました。和声課題を解いたり、みんなで散歩をしたり、夜な夜なドビュッシーの牧神の午後への前奏曲を聴きつつ、先生が熱心に解説して下さったり、忘れられない大切な思い出たちです。

 

それから大学3年の終わり、フランスの音楽夏期講習に参加するため、学内での奨学金試験を受けたのですが、その際、フランス語の試験は山口先生が試験官のうちの1人でした。質疑応答を終え、面接の最後に先生は私にBon voyage (良い旅を!)と言ってくれました。まだ試験の結果も出てないのに、先生気が早いなぁと少しくすっとしたのを今でも覚えています。結果としてはこの試験に合格し、夏には講習会に行くことができました。そして、私はフランス留学を心に決めたのです。

その、私が大学三年の年いっぱいで先生は退官なさいました。その後お会いする機会は残念ながらありませんでした。つまり、あの面接のBon voyage が、私にとって先生からかけてもらった最後の言葉となってしまいました。

 

今、私は音楽院でレッスンの他にアナリーゼやソルフェージュの授業もとっています。フランスではソルフェージュの授業のことをフォルマシオン ミュジカル(Formation musicale) と言うのですが、単調なソルフェージュ課題を用いるのでなく、まさに生きた芸術性の高い音楽作品を用いてソルフェージュの授業を行います。山口先生はこのフランス式に近いソルフェージュに取り入れていらして、「フランスではこんな風に学ぶんだよ」とおっしゃっていたことは本当だったんだなぁと実感しています。

 

もう少ししたら、今私はフランスにいて、こんなことを勉強しています、というメールを山口先生に出そうかなあ、とぼんやり考えていました。それなのに、先生は遠くへ行ってしまいました。こんなことならもっと早く報告すればよかった…それが心残りです。どうしてかというと、先生の喜んで下さる顔があまりにも自然に目に浮かぶからです。

 

いつも優しい微笑みに満ちていて、学生への愛、そして何よりも音楽への愛に溢れていた素晴らしい恩師。思い出のどこを切り取っても温かな笑顔しか思い出すことができません。そしてどこまでも博識でありながら、少年のようにみずみずしい感性をもって楽曲の素晴らしさを語り、今でも「ほーら、ここ、素敵な響きだと思わないかい?」という声が聞こえてきそうです。

 

きっとフランスに導いて下さった山口先生のことだから、もしかしたらたまにはフランスに遊びに来てくれるかもしれません^^

 

思い出を心に大切にしまいつつ、まだ続くであろう人生の旅路をしっかり歩んでいこうと思います。